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「分からへん」「ちゃう」…福島から大阪へ避難の光覇(こうは)君と、来覇(らいは)君も晴れ姿

1 :名無しさん@涙目です。(関西地方):2011/05/16(月) 01:35:31.97 ID:P3bSw7M70● ?2BP(2)

<稚児行列>福島から避難の兄弟も晴れ姿 大阪・堺
毎日新聞 5月16日(月)1時31分配信

東京電力福島第1原発の事故で福島県富岡町から堺市に避難中の兄弟が15日、
住吉大社(大阪市住吉区)の誘いで創建1800年記念の稚児行列に参列した。
津波で祖父らを亡くし、家が警戒区域となるなど、混乱続きの2カ月。
父母は2人の晴れ姿に目を細めながら「古里や地震のことは忘れてほしくないが、
大阪での新生活を切り開く第一歩にしてほしい」と期待した。

小学4年の新田光覇(こうは)君(9)と、幼稚園年長組の来覇(らいは)君(5)。
地震による津波で、南相馬市に住んでいた祖父と曽祖母を失った。家は亀裂が入った程度だったが、
原発から約7キロしか離れておらず、地震発生の翌日から避難生活が始まった。
親族宅などを転々とし、先月6日、ようやく堺市営住宅に落ち着いた。

大阪府内での暮らしも1カ月を超え、兄弟の言葉には「分からへん」「ちゃう(違う)」と
早くも関西弁が交じる。いつも元気いっぱいだが、時折、母恵理さん(30)に
「いつ富岡に帰るの?」「僕の家はあるよね?」と尋ねる。富岡町が立ち入り禁止になる前日の先月21日、
父英希さん(33)と恵理さんが一時帰宅。持ち帰った幼稚園の集合写真を見た途端、
来覇くんは声も出さないまま、涙をボロボロこぼしたという。

住吉大社は、「少しでも元気を、また大阪の楽しい思い出を作ってほしい」と一家を招待した。
行列には約300人の子どもとその保護者らが参加。一家は行列の先頭に立ち、約1キロを歩いた。

金の烏帽子(えぼし)の稚児装束に身を包んだ2人は「先頭を歩けて気持ちよかった」
「歩くのは疲れたけど、楽しかった」と、晴れやかな表情。恵理さんは、
「津波で亡くなったおじいちゃんやひいばあちゃんに、晴れ姿を見せてあげたかった」とつぶやいた。

一家の居住期限は1年の約束というが、恵理さんは「富岡町の復興は何一つ進んでいない。
いずれは戻りたいが、1年では無理。福島に帰るまで住めれば」と話していた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110516-00000003-mai-soci

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