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安部公房以上の日本人作家ってこの世に存在するの?

1 :名無しさん@涙目です。(東京都):2011/05/24(火) 03:48:53.46 ID:grbG2cVa0● ?2BP(500)

 コロンビア大ケントホールの図書館では、キーンさんと日本の文豪らが交わした書簡が公開された。

 ふちが丸まり、変色した川端康成の名刺。「七十に一つ加えて七くさの、なづなの粥(かゆ)を祝ふとしかな」との
句が書き込まれた1956(昭和31)年の谷崎潤一郎からの年賀状。「谷崎さんは、私がまったく知られていない時
に2回も私の本の序文を書いてくださいました」

 「親友になった安部公房さんとはニューヨークで、私が日本から帰った直後に会いました。時差ボケの私を彼は
アル中だと思ったようです」「永井荷風さんと会い、1時間以上も話しました。あれほどきれいな日本語を聞くのは
初めて。まるで音楽のよう」。昨日のことのように目を輝かせ、話が尽きない。

 キーンさんが日本への永住を決めたというニュースは、震災に打ちのめされた日本人の胸に響いた。「移住は前から
決めていたことです。地震で気持ちが強まったのです。今年9月までに日本に移り、米国には帰りません。20年前から
日本への永住権はありますが、はっきりと自分の立場を示したいと思いました。日本人になります」と、一気に語った。

 日本滞在中の今年1月6日、腎臓の機能低下を併発した重症の痛風となり、東京都内の病院に3週間入院した。
一時は寝たきりや車いすの生活も覚悟した。

 「みなさん心配してくださいました。看護師さんは熱心に看護してくださった。ニューヨークなら二、三日で『退院してくれ』でしょう。
日本人は本当に優しかった」

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110518dde012040013000c.html

 「多くを日本で教わり、本当に有意義な人生が送れました。日本人のおかげです。だから本当に、日本という国に深く深く感謝しています」

 日本ではまず、正岡子規の評伝を仕上げたい。「私はワーカホリック(仕事中毒)です」。これも日本で教わった、と笑った。

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