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空を自由に飛びたいな

1 :名無しさん@涙目です。(catv?):2011/09/10(土) 16:54:42.15 ID:tRPkUBWF0 ?PLT(12000) ポイント特典

故郷の空飛んだ 秋田出身・故工藤氏の子孫らの消息求め、生家保管 /東京
旧陸軍立川飛行場航空部員だった秋田県小坂町の若者が、部員になる前の昭和初期に故郷の上空を飛行し、
記念として木製のプロペラを生家に贈った。80年以上の歳月が流れた今もプロペラは同町の生家で大切に
保管されている。若者は立川市の他家の養子となり、生家と音信不通になったが、生家では子孫らの消息を求めている。

連絡を取ろうとしているのは、生家の跡を継いだ工藤(旧姓田村)義幸さん(74)。
プロペラを贈った若者は、義幸さんの妻ケイ子さん(74)の叔父、工藤忠治さん。
プロペラには「ロ式(ローンエンジン)80馬力 第35号」「日本楽器製造株式会社(現ヤマハ)
大正10年10月製作」と記されている。
航空科学博物館(千葉県芝山町)によると、フランスで設計され、国内で軍用機用に製造された。

全長約3メートルの2翔プロペラだが、贈られたのは半分。ケイ子さんの父で忠治さんの兄礼治さんの他界後、
義幸さんに受け継がれた。
義幸さんによると、忠治さんは20代前半の1929〜30(昭和4〜5)年ごろ小坂町上空を飛行。
当時は埼玉県の所沢飛行場を拠点とする陸軍の組織に所属していたらしい。
忠治さんはその後、立川飛行場航空部員となった。写真が1枚残っており「故工藤忠治氏二十九才」と記されている。
しかし、「立川市の三木栄吉さん」方へ養子に入り、娘が2人でき、戦前に小坂へ遊びに来たということ以外、
消息が分からなくなった。

義幸さんは6月に小坂町内であった「わが家のお宝展」で初めてプロペラを展示、話題を呼んだ。
義幸さんは「私が元気なうちに」と忠治さんの子孫らと連絡が取れるのを夢見ている。
http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20110908ddlk13040206000c.html

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